第六章 句法分析練習題


底下按名詞述語句、形容詞述語句、形容動詞述語句、動詞述語句的順序列出句子,以作為練習。


6-1、名詞述語句


6-1-1、△南風だった。(川端康成「帽子事件」)


6-1-2、△薄曇りのした寒い日だった。(志賀直哉「痴情」)


6-1-3、△橋の向こうは温泉宿の庭だった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-1-4、△戸外は毎日吹雪だった。(志賀直哉「プラトニック・ラブ」)


6-1-5、△ 本書は Prolog の入門書ではない。(溝口文雄等 「Prolog とその応用 2」)


6-1-6、△相撲は体の大きさではなく、技のうまさです。(大相撲)


6-1-7、△相撲は一対一で戦う孤独のスポーツです。(大相撲)


6-1-8、△もう一つの重要なポイントは、時間の問題です。(岩村忍「東洋の発見」)


6-1-9、△東京タワーは東京の代表的な名所の一つです。


6-1-10、△東京タワーは世界で一番高い塔です。


6-1-11、△読書は、開く前も読んでいる最中もいい気持ちだ。(向田邦子「心にしみとおる幸福」)


6-1-12、△海辺の人々にとって貝はとても都合のよい食べものでした。


6-1-13、△パンはヨーロッパから来たポルトガル人が伝えたものなのです。


6-1-14、△相撲は「礼に始まり、礼に終わる」というくらい、礼儀正しいスポーツです。(大相撲)


6-1-15、△この美しく光る黒眼がちの大きい眼は踊子の一番美しい持ちものだった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-1-16、△それは飛行機が空を飛んだために新しく出来た雲なのです。


6-1-17、△その大きな理由は、日本には家を造るのによい木がたくさんあるということです。


6-1-18、△けれども多くは子供等が思案を凝らして自分の手で作った可愛らしい四角な提燈である。(川端康成「バッタと鈴虫」)


6-1-19、△ある補語が必須か否かをためす最も簡単な方法は反問誘発の可能性を考えてみることである。(寺村秀夫「日本語のシンタクスと意味」)

 
6-1-20、△(相撲は)立ち会いの瞬間に、自分のすべての力を出しきる、一番一番が真剣勝負の、実力の世界なのです。(大相撲)


6-1-21、△ Prolog で作成されたシステムの全体を読者に示して Prolog によるシステムの構築方式が、どのようなものであるかを解説したのが本書である。(溝口文雄等「Prolog とその応用 2」)


6-2、形容詞述語句


6-2-1、△秋でもこんなに寒い。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-2-2、△畳や襖も古びて汚かった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-2-3、△外国には石やれんがで造った家が多いです。


6-2-4、△私の着物から湯気が立って、頭が痛いほど火が強かった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-2-5、△下を覗くと美しい谷が目の届かない程深かった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-2-6、△日本は、世界でもとくに雨が多い所なので空気の湿っている時が非常に多いです。


6-2-7、△木で造った家は、石や煉瓦の家より風がよく通るので、湿り気が部屋の中にこもることが少ないです。


6-3、形容動詞述語句


6-3-1、△想像力は知識よりもっと大切である。(アインシュタイン)


6-3-2、△二重瞼の線が言いようなく綺麗だった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-3-3、△笑いが一斉に止まるほど見物人には意外だった。(川端康成「帽子事件」)


6-3-4、△鳥がとまる枝の枯葉がかさかさ鳴る程静かだった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-3-5、△不要な包装は辞退する、まだ使える不用品を必要な人に譲るなど、生活の中でのゴミの減量が大切だ。(OEC ふるさと暦 1991/05/01)


6-3-6、△とにかく情報には伝達される、流れると表現できる一面があることはたしかである。(南不二男『現代日本語の構造』)


6-3-7、△読書は、開く前も読んでいる最中もいい気持ちだが、私は読んでいる途中、あるいは読み終わってから、ぼんやりとするのが好きだ。(向田邦子「心にしみとおる幸福」)


6-4、動詞述語句


6-4-1、△暫くの間海が見え隠れしていた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-2、△踊子が下から茶を運んできた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-3、△遠くに湖水が小さく光っている。(川端康成「火に行く彼女」)


6-4-4、△折れ曲がった急な坂道を駆け登った。(川端康成「伊豆の踊子」)

 
6-4-5、△私は何気なく前の流れを見た。(志賀直哉「城の崎にて」)


6-4-6、△仙吉は神田の或る秤屋の店に奉公している。(志賀直哉「小僧の神様」)


6-4-7、△石や煉瓦の家は地震の時に崩れる心配があります。


6-4-8、△間もなく、茶店の婆さんが私を別の部屋へ案内してくれた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-9、△踊子がまた連れの女の前の煙草盆を引き寄せて私に近くしてくれた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-10、△海の上の朝日が山の腹を温めていた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-11、△木陰の岩の間から清水が湧いていた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-12、△南伊豆のへの出口が前方に小さく明るんでいた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-13、△男の子はおとなしく、それらの絵本を一つ一つ見始めた。(志賀直哉「網走まで」)


6-4-14、△ととんとんとん、激しい雨の音の遠くに太鼓の響きが微かに生まれた。(川端康成「伊豆の踊子」)

 
6-4-15、△「ええ、、、、、、」とだけ言って、私はその上に腰を下した。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-16、△西洋ではよく「アジアは変わらない」といわれていました。(岩村忍「東洋の発見」)


6-4-17、△ここもまた山国のうちだと彼は思った。(志賀直哉「痴情」)


6-4-18、△女の金切声が時々稲妻のように闇夜に鋭く通った。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-19、△雨脚が細くなって、峰が明るんで来た。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-20、△蒸発した水分は水蒸気になって空気に混じります。


6-4-21、△次の夜は紅提燈を買って鳴く虫の居所を探した。(川端康成「バッタと鈴虫」)


6-4-22、△山々の姿が遠近を失って白く染まり、前の小川が見る見る黄色く濁って音を高めた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-23、△私は肌に粟粒を拵え、かちかちと歯を鳴らして身顫いした。(川端康成「伊豆の踊子」)

 
6-4-24、△寝ころがって読み、物を食いながら読む。(向田邦子「心にしみとおる幸福」)


6-4-25、△湯から上がると私はすぐに御飯を食べた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-26、△煙突を付けると、焚き口から新しい空気が入って来ます。


6-4-27、△暗いトンネルに入ると、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-28、△踊子と間近に向い合ったので、私はあわてて袂から煙草を取り出した。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-29、△彼は寒さから軽い頭痛を感じながら、甚しく沈んだ気分で書斎に閉じこもっていた。(志賀直哉「痴情」)


6-4-30、△重なり合った山々や原生林や深い溪谷の秋に見惚れながらも私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-31、△店で買ったらしい小さい紅提燈もある。(川端康成「バッタと鈴虫」)


6-4-32、△この伝統のある相撲の特色は礼儀を重んずることにあります。(大相撲)


6-4-33、△相撲の面白さは、小さな力士が大きな力士を倒すところにあります。(大相撲)


6-4-34、△この矛盾した態度を取らざるを得ないところに、彼のつらさがあります。(發問づくりの技術)


6-4-35、△日本には、家を造るのによい木がたくさんある。


6-4-36、△芸人達はそれぞれに天城を越えた時と同じ荷物を持った。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-37、△時々むこうの山の見えなくなるほど雪が降って来た。(志賀直哉「痴情」)


6-4-38、△そんな時にもここは池に写る月を二尺の金鱗の魚に見せる微風がある。(川端康成「帽子事件」)


6-4-39、△トンネルの出口から白塗りの柵に片側を縫われた峠道が稲妻のように流れていた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-40、△そこへこの木賃屋の間を借りて鳥屋をしているという四十前後の男が襖を明けて、御馳走をすると娘達を呼んだ。(川端康成「伊豆の踊子」)

 
6-4-41、△街の子供の一人がある夜この土手で鳴く虫を聞いた。(川端康成「バッタと鈴虫」)


6-4-42、△坂道を走った息切れと驚きとで、「ありがとう」という言葉が咽にひっかかって出なかったのだ。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-43、△石ころだらけの広い河原の中を流れている川では波が流れに逆らっていた。(志賀直哉「プラトニック・ラブ」)


6-4-44、△私達は街道から石ころ路や石段を一町ばかり下りて、小川のほとりにある共同湯の横の橋を渡った。(川端康成「伊豆の踊子」)

 
6-4-45、△突っ立っている私を見た踊子が直ぐに自分の座蒲団を外して、裏返しに傍へ置いた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-46、△踊子が玄関の板敷で踊るのを、私は梯子段の中途に腰を下して一心に見ていた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-47、△峠を越えてからは、山や空の色までが南国らしく感じられた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-48、△裁判所が会社に被害者に1億円を支払えと命じた。(寺村秀夫「日本語のシンタクスと意味」)


6-4-49、△裁判所が会社に被害者に1億円を支払うことを命じた。(寺村秀夫「日本語のシンタクスと意味」)


6-4-50、△純朴で親切らしい宿のおかみさんが、あんな者に御飯を出すのは勿体ないと言って、私に忠告した。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-51、△もう十分も待てば綺麗に晴れ上がると、しきりに引き止められたけれど、じっと坐っていられなかった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-52、△峠の婆さんに煽り立てられた空想がぽきんと折れるのを感じた。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-53、△私の家のある方角に向って歩くのも厭だと彼女が言うのは、もう私には分っていた。(川端康成「火に行く彼女」)


6-4-54、△そして翌日その医者へ行くと、案外清潔だったので、そう決めたことを喜んだ。(志賀直哉「痴情」)

 
6-4-55、△道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-56、△彼らの旅心は最初私が考えていた程世智辛いものでなく、野の匂を失わないのんきなものであることも、私に分かって来た。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-57、△この本はそうした一つの模索の過程を示すものであると読者が理解してくださることを、筆者は願っている。(南不二男『現代日本語の構造』)


6-4-58、△退院の時、なお外来で通うかどうか迷っていたが、結局妻は厭な顔をしながら山科の医者にガーゼの取り替えをしてもらうことに決めた。(志賀直哉「痴情」) 


6-4-59、△「誰かバッタ欲しい者いないか。バッタ」と、一人だけほかの子供から四五間離れたところで草を覗いていた男の子が伸び上がると突然言った。(川端康成「バッタと鈴虫」)


6-4-60、△「ああ、鈴虫だよ」と、鈴虫を捕えた男の子は呟き、虫籠を顔の間近に掲げて眺め入っている女の子に自分の五色の美しい提燈を掲げて明りを与えながらちらちらと女の子の顔を見た。(川端康成「バッタと鈴虫」)


6-4-61、△自分のいる間の戸を今しめようとした帽に赤い筋を巻いた駅員が手をあげて、「こちらへいらっしゃい。こちらへ」と戸をあけて待っている。(志賀直哉「網走まで」)


6-4-62、△ここを(改札口)かろうじて出た人々はプラットフォームを小走りに急いで駅夫らの「先があいています、先があいています。」と叫ぶのも聞かずに、われ先と手近な客車にはいりたがる。(志賀直哉「網走まで」)


6-4-63、△その時自分は、後ろへよりかかって、下目使いをして本を見ている男の子の目と、やはり伏し目をしてはがきを書いている母の目とが、そっくりだということに心づいた。(志賀直哉「網走まで」)


6-4-64、△私の前に坐ると、真紅になりながら手をぶるぶる顫わせるので 茶碗が茶托から落ちかかり、落とすまいと畳に置く拍子に茶をこぼしてしまった。(川端康成「伊豆の踊子」)


6-4-65、△「外省人(産経注=故蒋介石総統とともに戦後大陸から追われて移住してきた人たち)は皆大陸に帰れば良い」という投げやりな、やり切れない言い方が聞こえて来る裏には「村」単位で成り立ってきた台灣の歴史的背景がある。(産経新聞)


6-4-66、△しかし、東洋と西洋との接触、交流は断続的ですが、ながい歴史がありますので、それをふまえたうえで見なければ、東西交渉の歴史のほんとうの姿をとらえることは困難だと思います。(岩村忍「東洋の発見」)